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大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)1262号 判決 1975年1月30日

控訴人

和田四郎

外六名

右七名訴訟代理人

辻本幸臣

被控訴人

丸建道路株式会社(旧商号・稲村道路株式会社)

右代表者

稲村建男

右訴訟代理人

林弘

岡原宏彰

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所の判断は、次に付加・訂正するほか、原判決理由説示のとおりである。

1  原判決一八枚目表六行目の「二九日」の次に「稲村建設株式会社と商号を変更したのち、昭和四三年一一月一一日」を加え、同九行目の「訴外山田増信」から同一一行目の「堀り起す」までを「板倉正弘を現場監督として山田増信ら一二名(以下原判決理由中に二〇名とある部分はすべて一二名と訂正)の日雇人夫が右工事に従事し、山田は石のみを使用して、控訴人ら主張どおりの」と改める。

2  同一九枚目表一行目から一〇行目までを次のとおり改める。

二  被控訴人自身の不法行為責任及び現場監督板倉の不法行為に基づく使用者責任の有無について。

控訴人らは、先ず、被控訴人自身の不法行為責任として、十分な予備の石のみ及び研摩・焼き入れ設備を用意しなかつたことを挙げ、次に、使用者責任として、現場監督板倉が山田の研摩しただけでの使用を放置したことを挙げる。

<証拠>及び弁論の全趣旨によると、控訴人ら主張どおり、予備石のみ等を用意しなかつたこと、板倉が、石のみを使用している山田らがそれをどのようにして使用しているか確かめず、従つてそのことに関し、山田に注意を与えたこともないことが認められる。

しかし、それらと本件火災ないし損害との間には自然的、事実上の因果関係があるにとどまつて、法律上のいわゆる相当因果関係はない。従つて、控訴人らの右主張は他の点について判断するまでもなく失当である。

3 同一九枚目裏二行目の「同第三八号証の三、四、」同行末尾から同三行目にかけての「同第二三号証、」同二〇枚目表五行目の「易く」を各削除する。

4 同二〇枚目裏末行末尾の「右」、同二一枚目表一行目全部を各削除し、同二一枚目表一一行目から同二二枚目表三行目までを次のとおり改める。

三  被控訴人の、山田の過失行為に基づく、使用者責任の有無について。

山田が石のみを研摩した行為が被控訴人の事業の執行行為に当ることは、当事者間に争いがない。

1  そこで、右使用者責任の有無を判断するに当り、先ず、失火責任法の適用があるか否かについて考える。

(一)(1)  控訴人らは、本件火災の発端となつた床面の小火は、山田の過失に基づくものとは断定できない原因不明のものであるから、同人の失火とはいえない。従つて、本件については同法の適用はない旨主張する。

しかし、同法は、右のように原因不明の小発火があり、その後右発火とは無関係な第三者の過失行為が加つて火災に発展させた場合にも、この第三者の行為に対し適用されるべきものと解すべきである。

(2)  控訴人らは、ガソリンにより火勢を増大し、人を死傷させた場合にまで、同法は適用されるべきものではない、旨主張する。

右主張の趣旨は必ずしも明白ではないが、ガソリンのように、強い引火性、揮発性、そして、この揮発性により気化したガソリンが空気とある混合率となつたとき、火気により引火、爆発するという強度の危険性をもつた物質による火災惹起の場合には、同法の適用がない、ということと、同法は財産損害の場合だけに適用を予定しているもので、人身に関するものは予定していない、ということの両者を主張しているとみられる。

しかし、先ず前者については、ガソリンの右のような性質により、これに対して要求される注意義務の程度は高くなるが、それにとどまつて、同法の適用がないというものではない。次に後者については、火災による危険性は、通常、人の生命・身体に及ぶこというまでもなく、同法は当然これを予定している。従つてこの場合にも適用がある。控訴人らの右主張はいずれも採用できない。

5 同二二枚目裏二行目から同二三枚目表八行目までを次のように改める。

2 そこで進んで、山田の右過失が失火責任法但書にいう重大な過失に当るか否かについて考える。

同法但書にいう重大な過失とは、当該事情のもとで通常人がわずかな注意さえすれば容易に、違法有害な結果の発生を予見することができ、その結果の発生を回避することもできたのに、これを怠つたため、右結果を惹起した場合における、注意欠如の状態を指す(最高裁判所昭和三二年七月九日判決、民集一一巻七号一二〇三頁参照)ものと解すべきである。

本件についてこれをみると、山田は、可燃物の多い店舗内で足もと近くの小火を突然知らされ、驚いて踏み消そうとしたが果せず、そのままでは燃え拡がるような状態を呈したため、急ぎ、消火用の砂を取りに行こうと戸外に飛出すに際し、動転していたことと焦りとが手伝つて傍らに積んであつたガソリン缶に手を触れてしまつたのである。通常人でも右のような状況下では動転し、ただ、一刻も早く消火用の砂を、との焦りから、つい注意を欠きやすくなる。山田の右不注意は右にみた範囲のものと認められ、前記わずかな注意を怠つたものとはいいがたい。

6 同二四枚目表五行目と六行目の間に次の(一)ないし(四)を挿入する。

(一)  本件のように、道路舗装工事請負業者甲の日雇人夫乙が、単車修理業者丙の承諾を得て、丙方店舗内作業台に固定した電気グラインダーを無償で使用し、道路工事で摩耗した石のみを研摩中、近くの床面に原因不明の小火の発火するのを見て、消火用の砂を取りに行く際、ガソリン缶を転倒させたため、丙方店舗兼住宅が焼失し、丙が全身火傷により死亡する等の損害が発生した場合、乙の右損害惹起行為は、不法行為に該当するにとどまり、丙に対する債務不履行に該当しないと解すべきである。けだし、乙と丙との間に成立した契約に基づき、乙は、丙に対し、グライダーを正しい用法に従つて使用する義務を負担するにすぎない(乙は、丙から店舗及びグラインダーの占有の移転を受けていないから、これを丙に返還する債務を負担していない。)から、乙の右損害惹起行為は、乙の丙に対する右契約義務違反行為の構成要件を充足しないからである。

(二)  甲の代理人乙が、丙と右(一)と同一内容の契約を締結し、甲の履行補助者乙が、右(一)と同一の損害惹起行為をした場合、右(一)と同一の理由により、右損害惹起行為は、甲の丙に対する債務不履行に該当しないと解すべきである。

(三)  本件において、山田(乙)の契約締結代理権限について主張立証がない。従つて、被控訴人(甲)と直嘉(丙)との間に契約成立の事実を認め得ないから、被控訴人は債務不履行責任を負担しない。(この場合、右(一)の法理により、山田(乙)も、債務不履行責任を負担しない。)

(四)  仮に本件が右(二)の場合に該当するとしても、右(二)の法理により、被控訴人(甲)は債務不履行責任を負担しない。他に、被控訴人が債務不履行ないし同類似の責任を負担すべき事実を認め得る証拠はない。

二よつて、原判決の判断は結局正当であり、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条・八九条・九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(小西勝 入江教夫 和田功)

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